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龍王陛下に𠮟られるから

『Wie es euch gefällt/おきにめすまま』

「――というわけでな」
 ギルガメッシュは食卓に行儀悪く頬杖をつき。
 目の前でせっせとコーンフレークを食べる幼い姉妹に胡乱な視線を投じた。
「今日いちにち、アオイサンはいないのだ。よって、おまえたちの面倒は我が見ることにあいなった。どうだ、嬉しかろう? 涙が出るほど嬉しかろう? 光栄に思えよ、小娘どもッ!」
「こぼれてるわよ、桜」
「ふえー……」
「ほぉら。お口もキレイにしましょうねー」
「うー……うみゅー……」
「……」
 びしッと光魔法的なカッコいいポーズを決めたギルガメッシュが、妹の口元をタオルでごしごし拭く凛をじとりと睨んだ。
「……なんかないのか。リアクションは」
「はい、桜。今度はおててね。――ママが今日いないって、知ってるもん。昨日聞いた」
「何ィッ!?」
 ギルガメッシュは大仰に驚く。
「アオイサンめ……そんなこと一言も言ってなかったぞ」
「桜と、ギルと、三人で、仲良くしててね~って、言われたもん。私」
「ぐぬう……」
 桜の手を拭きながら、苦々しく唸るギルガメッシュをちらりと見遣る凛。
「ギルこそ、今日はいいこにしてるのよ? 私じゃ、パパみたいに魔術で直せないから、色んなモノを壊したら、ママに怒られるの決定なんだから」
「我は壊しとらんぞ。我の扱いに耐えられず壊れるモノの方が悪い」
 はあー、と凛はおとなびたため息をつく。
「あんたはそんなこと言ってるから、いくつになっても『せーざ』させられるのよ」
「お、我は悪くないぞっ!? それに、サーヴァントは年などとらんからなっ!」
「……いばるところじゃない……」
 桜がぽそっとツッコミをいれた。
「む。食べ終わったのか?」
 ギルガメッシュなどお構いなしに、がちゃがちゃと食器を片付け始める姉妹。
「ギルは来なくていいのーっ。ギルが来るとお皿が割れちゃうもん」
 踏み台に乗って、器用に洗いものをする凛。
 その横で、桜は姉の服の裾をつかみながらぽーっと突っ立っている。
「……」
 ギルガメッシュはキッチンの入り口で腕を組み、柱にもたれた。
「凛。お前、主婦か?」
「主婦じゃないよ。小学生だよ」
「わたしは、よーちえんせーだよっ」
「それは知っとる」
 フン、とギルガメッシュが鼻を鳴らす。
「アオイサンめ……我に任せると言っておきながら、我の出番がないではないか」
「……」
 凛は水を止めるとタオルで手を拭いて、ぴょんと踏み台から跳び下りた。
 そして。
 桜の手を引いてギルガメッシュに歩み寄ると、じぃっと父のサーヴァントを見上げた。
「ヒマなの?」
 ギルガメッシュは無言でマスターの娘を見下ろす。
 普通の子どもならば、その威圧感だけで泣き出すところだが。
「ヒマなのね?」
 凛は普通の子どもではないので、ずいと更に一歩、ギルガメッシュに迫った。
「ヒ・マ・な・の・ね?」
「……むう。だったらなんだと言うのか」
 結局折れたギルガメッシュに向かって。
 凛はにたぁと笑った。

   *

 呼び鈴が鳴ったので、ギルガメッシュは玄関に向かった。
「――何用か?」
 初見の者ならば間違いなくビビって逃げ帰りそうなほど凶悪な面相で応対すると――。
「失礼する。奥様は在た――」
 風呂敷包みを胸元にかかえていた言峰綺礼は。
 桜を肩車しているギルガメッシュを見た途端、盛大に吹いた。
「……言峰、貴様……」
 くの字に体を折って、呼吸困難になっている綺礼を。
 ギルガメッシュは慍然と見下ろす。
「わ、私を……笑い死に、させる気か……ッ、ギルガメッシュ」
 すっくと体勢を戻すが。
「――ブファーッ」
 再び悶絶した。
「お前もう帰れマジで」
「――待て」
 ギルガメッシュが呆れ顔で閉じようとした扉にがっと手をかけると、綺礼は強引に屋敷の中に入って来た。
「このまま帰るわけには行かない。私はある重要な密命を帯びている」
「どうせ時臣の土産かなんかであろうが。もったいぶってないで早く寄越すがいい」
 ずいと突き出されたギルガメッシュの右手を神妙に眺めると。
 それは無理だな、と即答した。
「時臣師の土産物など預かっていないし、そもそも、おまえにくれてやる物など何もない。私はとある密命を帯び――」
 すらすらとまくし立てていた綺礼が。
 ふと、言葉を止めた。
「――前が見えん」
「そりゃそうだろう。桜、その状態だと、安全性に問題があると見た」
 ギルガメッシュの肩から綺礼の顔に、サルのごとく跳び移った桜が、ふえーとサーヴァントに振り向く。
「今日は桜とふたりなのか、ギルガメッシュ?」
「おまえ、よくその状態で喋れるな」
 顔面を桜にふさがれて尚、綺礼は直立不動である。
 ギルガメッシュはむすりと腕を組んだ。
「ふたりきりではない。凛がいる」
「そうか」
 綺礼は徐に桜を持ち上げると、肩車になるように座らせた。
「おぉーっ」
 桜が感嘆の声を上げる。
「……。桜はなにかと高いところを好むな」
「ラスボスの素質充分だな」
 ギルガメッシュの呆れた呟きに、綺礼がニヤリと返す。
「きれーしゃん、きれーしゃん」
「なんだ?」
 綺礼の頭部をがっちりホールドした桜が鼻息を荒くする。
「たたかう! あくのかいじん、ぎるがめっちゅと、たたかうー!」
「――フムン」
 片手に荷物をかかえている綺礼は。
 もう片方の手に、黒鍵を握った。
 慌てたのは。
 ギルガメッシュである。
「は――? いや、待て、おい。何故そうなる? 桜よ、さっきまでずっとおまえを肩車してやった恩はどこに消えた?」
「しらないっ」
 ぷいとそっぽを向く桜。
「というか、言峰。何故、おまえ、ヤる気満々なのだ?」
 靴を脱いでじりじりと間合いをつめる綺礼を、ギルガメッシュは後退しつつ不安そうにみつめ返す。
「おまえこそ、何故そんな逃げ腰なのだ、ギルガメッシュ? 安心しろ、痛くはしない。――それに、桜の命令には絶対服従なのだ。私の心臓的な意味で」
「ええい、メタ発言は止めろォ! おまえ、こんなところで黒鍵振り回したら、どうなるかわかって――」
「だから、おまえが動かなければ済むことではないか、ギルガメッシュ」
 音もなく黒鍵の刃を顕現させると。
 ベタな小悪党よろしく、ぺろりと刃を舐める綺礼。
「悔い改めよ」
「おまえ、セリフと行動が全然合っとらん!」
 繰り出された黒鍵を、“王の財宝”から引き出した剣で弾く。
「ごー♪ ごー♪」
「無責任にあおるな!」
「日頃の行いが悪いから、そうなるのだ」
「我がっ、何を、したというのか――ッ?」
「あくはほろびるのです!」
「だーかーらーっ、我は悪役ではないわァ、戯けめっ!」
「悪だろう。どう見ても」
「あくだ!」
「ええい、なんなのだ、貴様らァ――」
 ひょいと廊下の奥まで跳び退ったギルガメッシュは。
「――フン! この我をここまで愚弄するとは……最早赦せぬッ!」
 悪役らしい決めゼリフを吐いた。
「くらうがい――痛ぁッ!?」
 パシーン、と小気味良い音が響き。
 ギルガメッシュは床に倒れこんで頭をかかえた。
「バカじゃないの、あんた。家の中でゲートオブバビロンするバカがどこにいるっていうのよ。バカなの。バカなのね」
「うぅぅ……バカってゆったぁ……四回も……」
 丸めた新聞紙を構えた凛を、ギルガメッシュは涙目で見上げる。
「で――何の用よ、綺礼」
 桜を肩からすっと下ろすと――無論、黒鍵は凛が廊下に出てくるはるか前に仕舞っている――凛に向かって片手を挙げた。
「やあ、凛。ごきげんよう」
 凛は胡散臭そうな目で神父を見上げる。
「ごきげんよう、綺礼。……だから、何しに来たのよ、あんた」
 綺礼は暫し目を瞬かせると。
 ぽん、と手を打った。
「――ああ、そうだ。私は超重要な密命を帯びていたのだった」

   *

 リビングの真ん中に凛を立たせると、綺礼は早速採寸を始めた。
「チョージューヨーな、ミツメー……?」
 再び桜を肩車しながら、ギルガメッシュがうめく。
 ああ、と綺礼は手を止めずに肯いた。
「奥様から承った、超重要な密命だ」
「喋ってる時点で密命になっとらんだろ」
「要は気持ちの問題だ。……フムン。また背が伸びたな、凛」
 メジャーをしゅるしゅると巻き戻すと、綺礼は凛に向かって無表情に告げた。
 ぱっと凛が瞳を輝かせる。
「ほ、本当!? どのくらいっ?」
「三ミリ」
「な……なんだー……」
 凛はがっくりと肩を落とした。
 で、とギルガメッシュは不機嫌に綺礼を質す。
「その包みはなんなのだ? まさか凛の寸法を測るためだけに、アオイサンがおまえを呼んだわけではあるまい」
「ああ、その通りだ。中には――」
 綺礼の言葉を待たずに、ギルガメッシュは風呂敷包みを開けた。
「……。ただの布か」
 ゴホン、と綺礼はもっともらしく咳払いする。
「凛の運動会の衣装だ」
「フムン。布きれをまとって競技するのか。全裸でないだけマシか」
「どこのオリンピアの話だ。衣装はこれから作る」
「おまえが?」
「そうだ」
「……」
「……」
 暫し無言で見つめ合う。
「……アオイサンが、おまえに任せたのか?」
「そうだが。意外だったか?」
 ううむ、とギルガメッシュは首を捻る。
「ミラクル主婦のアオイサンがおまえなんぞに泣きつくとは思わなんだ……娘のことに関しては、基本的に時臣にもやらせんからな」
「その時臣師が単身赴任中だから、奥様は冬木の管理者代行で忙しいのだ。カレイドルビーの業務のほとんども彼女が仕切っているしな。それに、泣きつかれたわけではない」
 ちらりとギルガメッシュを一瞥し。
 綺礼は淡々と続けた。
「凛の衣装が間に合うかどうか心配だと、奥様がこぼしていたから、私が自ら買って出た」
「……そ、そうか」
 ギルガメッシュは若干引き気味である。
「我はむしろ、おまえが裁縫なんぞできるという事実に驚きだ」
「綺礼は好きよね、そういうの。ママの付き添いでよくお洋服買ってくるし」
 そういえば、と綺礼は凛に向き直った。
「この前買ってきたのはまだ着ていないのか?」
「あー、だってアレ、動きにくいんだもの」
「とってもフリフリだった~」
 桜が呑気に口を挟む。
 だいたいね、と凛は腰に手を当てる。
「ママやあんたの趣味は、私に合わないの。ギルの買ってくれた服の方がまだマシ」
 途端。
 綺礼の双眸に殺気のようなものが宿った。
「貴様……私の愉悦を……」
 あー、とギルガメッシュは面倒臭そうにひらひら手を振る。
「凛よ。我がおまえに買ってやったのではなく、おまえが我に買わせたんであろーが。日本語は正しく使えよ」
「ギルはおかねもちだもんねー」
 頭上から合いの手を入れる桜。
 そうだッ、とギルガメッシュが威張る。
「我はともかく、我の財力を侮るな――ッて、ひとの話は最後まで聞いてください」
 英雄王の口上を無視して、さっさと片づけを始める綺礼と凛。
 ところで、と綺礼は手を休めずに妹弟子を窺った。
「今日一日、留守番なのか?」
 ううん、と凛が首を横に振る。
「おうちにいなさい、とは言われてないわ」
「たしかに、ギルガメッシュもいるしな……」
 綺礼は考えこむように呟くと。
 不意に。
 ニヤリと笑った。

   *

 その日も。
 衛宮邸には平和な日常の時間がゆったりと流れていた。
 昼過ぎの格別穏やかな空気の中。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
「――はい、どちらさま」
 応対に出た家主は。
 戸を開けるなり、相好を崩した。
「こんにちは、おじさま」
「こんにちはー、ケリィおじさん!」
 小さな訪問客のために、切嗣はしゃがみこむ。
「こんにちは、凛ちゃん。桜ちゃん。よく来たねえ。今日はふたり――」
「おーい、騎士王ー。いるかー?」
「――は?」
 切嗣の脇を。
 傍若無人な黄金のサーヴァントが通り過ぎた。
「な……ギルガメッシュ……?」
 振り返った切嗣が愕然と呟く。
 と。

「きーりつーぐくーん。あー、そー、ぼー」

 悪寒を覚えた切嗣は全力で居間に向かってダッシュする。
「固有時制御――二倍速ッ」
 すかさず魔術を行使するも――。
 姉妹ふたりの微笑ましさに弛緩していた切嗣の隙は致命的であり、そこを綺礼がつかぬはずがなかった。
 超人的な速さで逃げる切嗣を、超人的な速さで追った綺礼が。
 容赦なく、切嗣の背に当て身を食らわせた。
「――、いッ」
 びたーん、と廊下に顔面から倒れた切嗣の背に、綺礼は馬乗りになって息を荒げる。
「……何故、逃げる。衛宮切嗣」
「ひ――ッ」
 引きつった悲鳴をあげた切嗣が。
「い、いいぃいいいィやあああぁあああァああああッ!? 助けてアイリィいいいいぃい!!」
 絶叫した。
 凛も桜も玄関に突っ立ったままぽかーんとしている。
「ふ……フフ。助けを呼んでも誰も来ないぞ、衛宮切嗣。おまえのサーヴァントは、今頃ギルガメッシュにあーんなことやこーんなことをされ」
「誰のことを言っているのですか、言峰?」
 ぽい、とボロ雑巾になったギルガメッシュを廊下に投げ捨てると。
 アルトリアは冷ややかに招かれざる客を見下ろした。
「誰がそこのセクハラ野郎に、あーんなことやこーんなことをされていると?」
「――ぬう」
 綺礼は困惑顔で唸った。
「やはり、使えんな。ギルガメッシュは」
 さして残念そうでもない様子で綺礼が呟くと。
 すぱん、と襖が開いて。
 和装の美女が姿を現した。
 白銀の髪に紅の瞳、すらりとした肢体を包む渋い藍色の浴衣。
「アルトリア」
「はい、アイリスフィール」
 みなまで言わずとも意思は伝わった。
 アルトリアが一歩踏み出すと。
 綺礼は切嗣の上から跳び退いた。
 元代行者とはいえ、サーヴァント相手では分が悪い。
 アルトリアは油断なく綺礼を睨みつつ、切嗣のもとへと歩み寄った。
「大丈夫ですか、切嗣。お怪我は?」
 そっと差し出された手を、切嗣はほうほうの体で握った。
「……問題ない。クソ……っ、完全に、ヤツの術中にはまってしまった」
 口惜しげに唸る切嗣。
「天使ふたりの微笑みが、悪魔の罠だったとは……!」
「最悪ね、綺礼」
「きれーしゃんも、あくだったのか……」
 幼いがゆえに容赦ない姉妹の追い打ち。
「――くッ」
 己の不利を悟った綺礼が、苦々しく靴を履いた。
「あともうひと押しだったのだが、致し方あるまい。今日はこのくらいで失礼しよう。――再会を期待しているぞ、衛宮切嗣」
「黙れボケ二度と来るな」
「ハハハハハ。さらばだ――ッ」
 来たときと同様。
 綺礼はあっという間に姿を消した。
「相変わらず迷惑な方ですね」
「……もう僕、あいつ嫌だ……」
 弱音を吐くマスターをかかえ起こすアルトリア。
 アイリスフィールは覚束なげな足取りで玄関に向かうと。
「いらっしゃい。凛ちゃん。桜ちゃん。――良かったら、うちに上がって、アルトリアと遊んでいって頂戴」
 莞爾と微笑んだ。

   *

 公園のベンチにどかっと座りこむと、ギルガメッシュは天を仰いだ。
 まだ日は高く、沈もうとする気配は微塵も窺えない。
「……長い……」
 一日が長過ぎる。
 衛宮邸でひとしきりアルトリアと遊んだ後、姉妹は突然新都に行きたいと言い出した。断る理由も権利もないギルガメッシュは、バスで姉妹を新都に連れて行くと、姉妹に促されるまま買い物の代金を支払い、引きずられながら駅前の繁華街を練り歩いた。
 普段、ひとりで冬木の街を散策しているときは、時間の経過など気にもならない。一日などあっという間に過ぎてしまう。
 これほどまでに。
 一日の長さが堪えるとは――。
 うんざりした表情で放心するギルガメッシュに。
 すたすたと近付く、小さな人影があった。
「……なんだ?」
 桜はきゅっと眉根を寄せつつ。
 ギルガメッシュに両手を差し出した。
「あげる」
 その掌の上には泥団子が乗っている。
 ギルガメッシュはやたら綺麗な球形をじっと見下ろしていたが。
 うむ、と重々しく肯いて、桜が丹精こめて握ったらしい献上物をむんずとつかみ上げた。
「幼いながらもその殊勝なこころがけ、立派であるぞ。誉めてやろう」
 そして。
 空いている方の手で、桜の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「う、ぅー……」
 桜は恥ずかしそうに身を引くと、くるりとターンしてギルガメッシュの隣に座った。
「凛は何をしている?」
 ギルガメッシュの問いに、桜は無言で砂場を指差した。
「……?」
 怪訝な表情で目を細めるギルガメッシュに。
 桜は説明を付け加えた。
「おしろ。つくってるの」
「砂場でか?」
「そうだよ」
 桜はこくんと肯く。
「はあ……」
 ギルガメッシュは物憂げに立ち上がると。
 ぶらぶらと砂場に近付いた。
「凛」
「なによ?」
 ぺたぺたと一心不乱に土を盛りながら、凛は不機嫌に応じる。
「何を作っているのだ?」
「見ればわかるでしょ」
 ぴしゃりと言い放つ。
 ギルガメッシュはふうむと唸って腕を組んだ。
「城か」
「そうよ」
「……何故、城なのだ?」
 凛はぴたりと手を止めて。
 むっとした表情で黄金のサーヴァントを見上げた。
「……。王様は、お城に住むものだから」
 つんとそっぽを向くと、凛は作業を再開する。
「……」
「……」
「……」
「……」
 気まずい沈黙を破ったのは。
 ギルガメッシュが呑気に手を打つ音。
「我の城か?」
「そ――っ」
 凛は思わずがばっと立ち上がる。
「そ、そそ、そんなつもりは……っ。あ、あんたがつまんなそうだとか、今日たくさん付き合わせちゃったこととか、私、全然気にしてないんだからねっ! わ、わた、私はっ! 好きで作ってただけで、別に、あんたに喜んで欲しいとかじゃなくて、だから……あんたのためなんかじゃ、ないんだから……」
 ぷしゅーと頭から湯気を立てる凛が、きゅっとスカートの裾をつかんで俯く。
「そうか」
「……そうよ。――って、きゃ――ッ!?」
 ギルガメッシュは凛の脇に手を差し入れると、そのまま抱き上げた。
「な……なによ。子ども扱いしないで」
「まだ子どもであろうが」
 ハハハハとギルガメッシュは朗らかに笑う。
「そういうセリフは、背丈も胸も大きくなってから言うのだなっ!」
「う、うるさいバカ!」
 ギルガメッシュに抱きかかえられたまま、凛はむきぃっと怒る。
 その様を。
 いつの間にかギルガメッシュの傍に佇んでいた桜がじっと見上げていた。
「……おねいちゃん、嬉しそう」
「う、嬉しくないっ!」
「おー、桜よ。おまえもだっこされに来たのか」
 ギルガメッシュが伸ばした手を一瞥すると。
 桜はふるふると首を横に振った。
「わたし、かたぐるまがいいから」
「フムン。では後でしてやろう」
 ギルガメッシュがニヤリと笑い返し、一件落着したかに思われた――。
 刹那。
 ふわっと飛来したサッカーボールが、狙いすましたように、砂場の城に直撃した。
「……」
 ギルガメッシュは徐に凛を下ろすと、近くに転がってきたボールをぽんと蹴り上げて両手でつかんだ。
「あー、すんませーん」
「すいません、ボールこっちくださ――」
 ボールを追って走って来た少年らが、ぴたりと硬直する。
 ギルガメッシュはボールを持ったまま首を傾げた。

「――キ・サ・マ・らァ……」

 ゆらり、と凛が振り向く。
「――げ。やっぱ凛だ」
「ヤバいヤバいなんかよくわかんないけどヤバい」
「な、な、な、なんであいつあんな怒って……?」
「しらねーバカ、俺にわかるわけねーだろ!?」
「ころされる……俺たちころされる……」
「凛、タンマ。ここは冷静にだな――」
「問っ答、むよぉぉおおおォオっ!」
 だッと凛が走り出すと同時に。
 少年たちも逃げ出した。
「王の城を――壊すなんて――フンケーにアタイするぞっ、下郎ォォォ!!」
「ま、また、イミフメーなこと叫んでるぞ!?」
「イシャリョー、と……ソンガイ、バイショー……払えぇ……払えぇえええ……っ!」
「こわッ! こわすぎる!?」
「し、知ってるぞ、俺! ああいうの、ゼニゲバって、ゆーんだ!」
「どーでもいいよそんなこと!」
 ひとしきり少年たちを蹴散らすと。
 凛は肩で息をしながら、ぽかんと立ち尽くしているギルガメッシュと桜のもとに帰ってきた。
 そして。
 ギルガメッシュからボールを奪うと、明後日の方向に思い切り蹴飛ばした。
「……おねいちゃーん……」
 桜は呆れ顔で肩を落とす。
 凛はぎゅっと両拳を握り締めたまま、小刻みに震えていたが。
「――っく」
 袖でごしごしと涙を拭い始めた。
 ギルガメッシュは。
 大層うろたえた。
「な、ど、どうした、凛っ? ど――どこか、怪我をしたのか? ん?」
「……」
 凛はきゅっと口を引き結ぶと。
「あんたもちゃんと怒りなさいよ、バカぁッ!」
「痛ぁ!?」
 屈みこんでいたギルガメッシュの頭を平手ですぱーんとはたいた。
 フン、と鼻を鳴らすと、凛は地面に伏す王に冷ややかな視線を注ぐ。
「……う……なにゆえ……かような、しうちを……」
「あんたのお城だって言ったでしょ。私だけ頑張って損した。――いこ、桜」
「うん」
 桜は従順に姉の手を握り返す。
 そして。
 ギルガメッシュには目もくれず、姉妹はさっさと公園を後にした。

   *

 夕方。
 姉妹と王の姿は、間桐家のリビングにあった。
「で――」
 凛と桜は甲冑姿のランスロットにぶら下がってきゃーきゃーはしゃいでいる。
 一方。
「――なんで、おまえはそんなにぐったりしてるわけ?」
 テーブルに突っ伏すギルガメッシュに、雁夜は不可解な視線を投じた。
「察すがいい、雁夜よ……」
 ひらひらと振られた手が。
 ぱたんとテーブルの上に落ちた。
 雁夜は怪訝そうな表情のまま、ギルガメッシュの向かいの椅子に腰を下ろした。
「え……? おまえ、好きだろ。子ども」
「……あァ。子どもは良い。どんな無体をしようと大抵笑って許せるからな」
 はああ、と長いため息をつくと。
 意味深に雁夜を見上げた。
「な、なんだよ?」
「おまえは良かったぞ」
 そう言って。
 ギルガメッシュはクククと笑った。
「時臣めがつまらなくなってからは、おまえで充分遊べたからなァ」
「そうか? 王の遊興の一助になったのなら、恐悦至極だな」
 軽口をたたいた雁夜は。
 ふと。
「……女の子だからじゃないか?」
 ぽつりとこぼした。
 あ、とギルガメッシュはだらしなく聞き返す。
「いやさ……おまえがそんなにぐったりしてるのって、女の子の相手してたからじゃないかなーと思ってさ。おまえにちっちゃい頃構われたのって、時臣義兄さんと俺くらいだろ? 女の子って、なんか……やっぱり違うと思うんだよなァ」
 そう言って。
 雁夜はランスロットにたかる凛と桜をまじまじと眺めた。
「なんていうか、ほら。理屈通じない感じ? 全て気分で生きてる、みたいな。俺、一生、女の子のこと理解できない自信があるよ」
「おまえ……」
 ギルガメッシュが絶句する。
「あー、ほら、ギルだって、姉さんのこと何故か“さん”付けだろ」
「……アオイサンはアオイサンだから良いのだ。雁夜よ。おまえ、そんなこと言ってるから、DTだの魔法使いだのロリコンだの言われるのだぞッ」
 う、と雁夜が悶絶する。
「それは、平行世界の話であって――」
「メタ発言禁止な」
 頭をかかえて項垂れる雁夜。
「……好きでこんなキャラ設定になったわけじゃない……」
 それ以上の追撃は酷だと思ったのか――単に興味を失っただけだろうが――ギルガメッシュはフンと鼻を鳴らして姉妹の方に顔を向けた。
「時臣の子なのになァ……なんであんなンになってしまったのだろうなァ……」
「ヤ、おい、待て。おまえの影響もあると思うぞ。充分」
「は……? 何を言う。我は王としてあの小娘どもに接してきたにすぎん」
「だから、そういうのなんでも吸収しちゃうだろ、子どもは。俺や義兄さんはそれほどおまえと波長が合わなかったせいか、魂の奥底まで毒されずに済んだけど。凛ちゃんや桜ちゃんは波長合いまくりだろ。きっと十年後くらいにな、『この世の全ては私のものなのよー、おーっほっほっほっほっほ』とか言ってる凛ちゃんとか、『私に従わないやつは、全員ブッ殺します』とか言ってる桜ちゃんとか、俺は容易に想像できるわけだが」
 ギルガメッシュはむくりと上体を起こす。
「妄想たくましいな、雁夜よ」
「憐れんだ目で俺を見るな」
 やれやれと肩をすくめるギルガメッシュ。
 と――。
 電話が鳴った。
「はい、もしもし間桐――」
 キッチンの横にある電話をとると、雁夜は口を半開きにしたまま止まった。
「――うん、たしかにそうだけど。よくわかるね、姉さん」
 電話の相手は、雁夜の姉であり姉妹の母――遠坂葵である。
「あー、うん。大丈夫。……はい。……はい、わかった。はい。それじゃ」
 がちゃんと電話を切った雁夜に、すかさずギルガメッシュが問いかける。
「アオイサンはなんと?」
「仕事長引いてるらしくて、帰って来られるの、今日の深夜になるって。晩飯はウチで食ってけってさ。『ギルガメッシュのことだから、そろそろ雁夜君に泣きついてる頃じゃないかなーと思ったの』、とか言ってた」
 ぐぬぬ、とギルガメッシュは唸る。
「まあ、そんなわけだから――」
「えっ!? 今日は雁夜くんのご飯なのっ?」
「わーい、かりやちゃんのごはーんっ!」
 耳聡い姉妹は雁夜に突進した。
「――ぉふッ!?」
 ふたり分の衝撃を受け止めた雁夜が苦悶のうめき声を発する。
「私、チャーハン! 私、チャーハンがいいなっ!」
「わたしもっ! わたしもっ! おねいちゃんといっしょがいいなっ!」
「わかった、わかったから、落ち着け」
 姪っ子ふたりをどうどうといなすと。
 雁夜は苦笑を浮かべた。

   *

「いらっしゃいま――せ?」
 割烹「月旦」のカウンターごしに、来客に声をかけた士郎は、はたと動きを止めた。
「やっほー、しろー! 三人、カウンターで良いわよね? メニューおまかせでよろしくー」
「遠坂……」
 士郎は苦い表情でうめく。
「こんばんは、しろーちゃん」
「勤労大儀である」
「いらっしゃい、桜、ギル。……妙な組み合わせだな」
 早速湯飲みに番茶を注いでカウンターに置く士郎。
「結婚記念日なの」
「は? 誰の?」
 察しの悪い士郎に向かって、凛はむっと答える。
「うちのパパとママに決まってんでしょ」
 ギルガメッシュを挟んで、凛と桜が席に着いた。
「はあ……。いや、でも、なんで桜が一緒?」
「かりやちゃんが、『おまえもついでに、ギルにご馳走されて来い』って」
「……。財布か」
「士郎。生中」
「あいよ」
 すかさず、ギルガメッシュの前にビールジョッキが置かれた。
 それをぐいとあおると。
 黄金のサーヴァントはとろんとした目つきで、組んだ手の甲の上に顎を乗せた。
「ずいぶんお疲れみたいだけど。なにかあったのか?」
 ギルガメッシュごしに姉妹のかしましい会話が飛び交う中。
 士郎は呑気な口調でギルガメッシュに問うた。
「――いや、なに」
 行儀悪く頬杖をつくと。
「十年前よりは、多少なりとも、マシになったかなと思わなくもないわけだが」
「はあ……」
 不思議そうに首を傾げる士郎に向かって。
 ギルガメッシュは困ったような、満足そうな笑みを返した。

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